「ごちそうさま」

俺はそう言って自分の食べ終わった皿を片付け、部屋に戻ろうとした。

「あ、ヒビキ待って!」

と言いながらお袋が2枚の映画のチケットをハンドバックから
取り出した。

「これこの前お隣にもらったの。お父さんと行こうと
 思ってたんだけど、期限が明後日までだから無理なのよ。
 貴方にあげるからカナデと2人で行って来たら?」

「……なんでカナデなんだよ。
 高校生にもなって兄弟で映画を見に行くっておかしいだろ?」

「あら。いいじゃない。今彼女いないんでしょ?」

「……だったら彼女がいるカナデにやれよ!」

俺は吐き捨てるようにそう言うと、
そうなの〜?と驚いたように言うお袋の声を背に
階段を上って部屋に戻った。


ボスッという音と共にベットに仰向けに寝転がる。

「彼女、か……」

天井を見ながら俺がつぶやいた時、
部屋の戸がコンコンとノックされてカナデが入ってきた。

「さっきのってどういう事?」

カナデはちょっとムッとした顔をして俺の寝ているベットの脇に
立った。
俺は思わずその顔を睨み上げる。

「お前、彼女、いるんだろ?」

俺が言うとカナデは一瞬戸惑った後、更に怒った顔をした。

「……なんで?」

「2ヶ月位前から部活やってる俺より帰宅部のお前の方が帰りが遅い。
 それに一ヶ月前、部活の帰りにお前が女の子と二人で
 歩いているのを見た。
 その後も何度か見かけたし、一昨日はその子と腕を組んで
 歩いてただろ?
 俺が部活やっている間、彼女とイチャイチャしてたんじゃ
 ないのか?」

カナデは目を見開いてブスっとしている俺を凝視した。

俺とカナデはクラスは違うが同じ学校だ。
元々は違う志望校だったはずなのに去年一緒に暮らし始めた時、
カナデが俺と一緒の高校に志望を変えた。
空手が出来るのを条件に俺が選んだのは、武道系が強く、
家から歩いて通える龍門学園という男子校。
勉強のレベル的には中の上ぐらいで決して低いわけではないが、
頭の良いカナデが志望していたのはもっと上だった。
理由を聞く俺に、男子校も面白そうだしね〜、と笑って言っていた。
本人が行きたいなら別に反対する理由もないし、
そんなものかと思った。

だが朝は一緒に登校するものの、
部活がある俺と帰宅部のカナデでは当然カナデの帰りの方が
早いはず。
現に一緒に暮らし始めてからずっと、
カナデはまっすぐ家に帰って夕飯支度を手伝ったりしていた。
休みの日もどこかに出かける様子はなかったから、
間違いなく彼女はいなかったはずだ。

最初は友達と寄り道でもしているんだろうと思って気にして
いなかったが、ここ2ヶ月はほぼ毎日俺と同じか俺より遅いし、
休みの日にも何故か理由を言わずに出かけていく。
友達の所に行くにしては出かけ過ぎだよな、と思い始めた頃
女の子と二人で一緒にいるのを見てしまった。

女友達が多い事は知っていたから、
たまたま帰りが一緒になっただけだろうとその時は思った。
でも何故かカナデが女の子に笑いかけている顔が目に焼きついて
離れない。
けれどカナデにわざわざ言うほどの事でもないと自分に言い聞かせてきた。
が、一昨日腕を組んで歩いているのを見て
何故か頭を思いっきり殴られたような衝撃を受けた俺は、
どうしてもカナデに一言言わずにはいられなくなったのだ。

「もしかしてさっき話があるって言ってたのはこの事?」

ようやくカナデが口を開いた。

「……ああ。」

俺がそういうと、カナデは寝転がっている俺の目をじっと見ながら
ゆっくりベットに腰掛けた。

「……ふ〜ん、そう。
 じゃあ俺にもし彼女が出来たとして、それがヒビキに何か
 関係あるの?
 一々ヒビキに報告しなきゃいけないの?
 俺が彼女とイチャイチャしたら悪い訳?
 機嫌悪くなられて、睨まれなきゃならない事?」

……確かにそう言われればそうだ。
別に兄弟に彼女が出来たところで自分には関係ない。
当然報告する義務も無い訳で、
悪い事をしている訳でもなんでもないカナデにしてみれば、
責められる筋合いはないだろう。
逆の立場なら俺だってカナデと同じ事を言うと思う。
でも、他の人間に笑いかけるカナデの顔が目の前をちらつく度、
怒りが込み上げる。
女の子と腕を組んで歩いている姿を思い出すだけで吐き気がする。
八つ当たりだとは充分わかっているのだが……
何故こんな気持ちになるのだろう。

「ヒビキ、答えてよ。何で機嫌が悪いのか」

いつの間にか目の前10センチの位置に、俺と同じカナデの顔が
あった。
驚いて起き上がろうとする俺の肩を、 カナデが両手に全体重をかけて止める。

「お、おい。ちょっと退けろよ。」

「ダメだよ。ヒビキがちゃんと答えてくれるまで退けない。」

俺が本気を出せば華奢なカナデなんてすぐに退けられるだろう。
でも今の俺はカナデの刺すような視線に凍りついて動けなかった。

「ねぇ何で?……そんな態度とられたら、俺期待しちゃうよ?

最後の方は小さく、聞こえるか聞こえないかぐらい。
…………え?今カナデは何て言った?

「き、期待って……」

意味がわからず目を白黒させる俺に、

「……いいから。早く答えてよ。」

と相変わらずまっすぐで澄んだ視線を向けてくる。
普段の優しい眼差しと違うその強い瞳の奥に、
苦闘や困惑が見え隠れしているように見えるのは
俺の気のせいだろうか。

「え、え、えっと……」

俺がしどもどしていた時、階下からお袋の声がした。

「カナデ〜、電話よ〜♪」

俺はハッとしてカナデを見つめ返す。
するとカナデはふ〜っと軽くため息をつき、
一瞬俺に顔を近付けた後立ち上がり

「……ヒビキ、この続きは明日ね。明日からの3連休、
 ゆっくり話がしたい。」

と言ってふわっとつらそうに微笑んだ後、パタンと戸を閉めて
出て行った。
それを俺は身動きひとつ出来ず、目を見開いたまま見送った。

…………カナデが離れる時、俺の唇に一瞬柔らかい感触が当たった。

あれは間違いなくカナデの唇。……カナデが俺にキス?!何故?


その後カナデは普段通りで、お風呂に入ろうと俺が1階に下りた時も

「ごゆっくり〜♪」

と微笑みながら、お袋と二人、せんべいを齧りつつテレビを見ていた。

……一体あれは何だったんだろう?
結局彼女の事もわからず仕舞いだったし。
明日からの3連休、俺達にとってどんな時間になるんだろうか……